
OFFICE HOWLING & Dazzle Puzzle Presents
The Greatest “kinroukansha”Day
Zoobombs Tour 2009 “Tonight........We are THE BEST!!”
Open/18:30
adv 2000yen(1drink order)
Door 2500yen(1drink order)
Cast/
ズボンズ
暴走ライン
Shigulism
Howling Setta
MC
Takahiro Yamaguchi
*ズボンズ*
ズボンズの表現は常に「その瞬間の輝き」に向かっている。
もちろんその真骨頂はライブにある。ドン・マツオはその熱情の全てを投入して混沌(カオス)から「突き抜けた瞬間」へとバンドを、聴衆を巻き込んでいく。
それは深い自己の内部への探険でありながら、同時に大いなる開放でもある。
ズボンズのライブは「生きている感動を創造しているのである。
1994年に東京にて結成。
96年にはThe Flaming Lipsを始めとする多くの海外アーティストと共演し、
自主制作カセットテープは常に完売、各レコード店のインディーズチャートにランクインするなど、次第にその名は広まる。
翌97年に、クアトロ/ライストーン・レーベルより「Super Funcy of ズボンズ』で待望のCDデビューを果たし、同年伝説の第1回フジロックフェスティバルに新人日本人アーティストとして大抜擢され、その卓越したパフォーマンスは多くの海外アーティスト目当てのオーディエンスを湧かせた。
98年には2回の全米ツアーを行いEnperor Norton Labelよりアルバムをリリースする。このツアーのLA公演の際、Rage Against The Machineのザックが噂を聞き付け姿を見せた。New York Times紙の1面を大きくドン・マツオの写真が飾ったのもこの時である(日本人としては北野武につづく二人目の快挙)。
同年バンドの代名詞となる名曲/Mo' Funkyを含むアルバム『Let It Bomb』をリリース。洋楽/邦楽問わず、リスナーに圧倒的支持を得る。
99年、メンバーチェンジ経て(当時のドラマーは現ザゼンボーイズのアツシ)Virgin/東芝EMIと契約。シングル/Hot Love、アルバム/Bomb freak Expressをリリース。
Trickyに絶賛され、レコーディングに誘われる。
同アルバムはオーストラリアEMIからもリリースされ、アルバムからのTighten Rapがスマッシュ・ヒット、オーストラリアでも大人気となり、2000年の大フェスティバルBig Day Outに出演。
SydneyではGreen Stageのトリを飾る。
その後ドン・マツオとマッタはメルボルンに一時移住し、更なるメンバーチェンジでドラム、キーボードの二人のオーストラリア人メンバーを加えて6人編成となった時期もあった。
2002年、帰国したドンとマッタ、オリジナルメンバーのムーストップ、そして若きドラマー、ポッキーがメンバーとして加入。
バンドの究極的な有機的/自然発生的表現を目指しエレクトリック・マイルスばりのJam/インプロ/実験を重ね、04年わずか2日間でレコーディングされた2年半振りの新作『New San Francisco』を発表。大いなる音楽的成長を印象づける。
2005年、6年振りとなる北米ツアーを2度行い、各地で大絶賛される。Canadian Music Week Festivalでは本国のアーティストを差し置いてbest actの2位に選ばれ、Toronto Sun紙でBest Club Shows of 2005を受賞する。
06年、ドン・マツオはソロアルバム『オレハシナイヨ。』を発表。ギター1本で全国現地のバンドをバックにつける1発勝負のツアーを全国15箇所で成功させた後、ズボンズの活動は次なる頂点に向かって本格化している。まさに世界をまたにかけ、縦横無尽に駆け回るバンドである。
07年7月、ポッキー脱退後、キムが参加しカナダツアーと全国ツアーでドラマーの座を務めた。
ズボンズ The Zoobombs 2008
ドン・マツオ DON Matsuo(Vocal,Guitar,Conductor)
マッタイラ Mattaira(Keyboard,Vocal)
ムーストップ Moostop(Bass)
(ズボンズH.P)
http://www.thezoobombs.com/